株式会社東海理化

Sponsor Story Vol.01

「小田凱人の所属会社ですよね」と
言われることが、私たちの誇りです

株式会社東海理化 ─ 信じ続けた、ひとつの夢

取材・文/テニス365編集部

「最年少で世界一になる」

その言葉を、まだ誰も本気で受け止めていなかった頃があった。13歳の少年が口にした夢を、正面から信じた企業がある。愛知県に本社を置く自動車部品メーカー、株式会社東海理化だ。

支援を決めた当時、小田凱人の名前を検索しても、出てくる情報はほとんど無かった。それでも彼らは「この子と一緒に行こう」と決めた。あれから数年。少年は世界の頂に立ち、社員たちは自社の名前が彼とともに語られる日々を生きている。

なぜ、彼らはあの日の夢を信じられたのか。支援の裏側にある物語を訊いた。

検索しても、何も出てこなかった

はじまりは、一本の紹介だった。地元・愛知県出身の車いすテニス選手がいる、と。当時13歳。世界ジュニアマスターズを史上最年少で制したばかりだったが、その快挙を報じるメディアはごくわずかだった。

「正直に言えば、社内で名前を知っている人間はほとんどいませんでした。調べようにも、記事が出てこないんです。それくらい、当時の車いすテニスは知られていなかった」

それでも担当者は、一度本人に会ってみることにした。そこで聞いた言葉が、すべてを決めた。

「『最年少で世界一になります』と、目を見て言い切ったんです。夢を語る子どもの顔ではありませんでした。もう決めている人間の顔だった。あの瞬間に、腹が決まりました」

支援の可否を判断する材料は、実績でも知名度でもなかった。ひとりの人間が、どこまで本気か。それだけだったという。

※写真は掲載イメージです。実際の記事では取材時の写真に差し替わります。

支えるとは、待つことでもあった

支援が始まってからも、すぐに結果が出たわけではない。海外遠征を重ね、負けて帰ってくる時期もあった。国内での注目度も、劇的に変わることはなかった。

「スポンサーというと、露出や広告効果の話になりがちです。でも、当時の彼にそれを求めるのは違うと思っていました。私たちがやるべきなのは、彼が競技に集中できる環境をつくることだけだ、と」

社内には当然、投資対効果を問う声もあった。それでも続けられたのは、経営層が明確な言葉を持っていたからだという。

「『この支援は宣伝ではない。ひとりの若者の可能性に対する投資だ』と。上がそう言い切ってくれたことが、現場としては何より大きかったですね」

結果が出るまでの時間を、彼らは「待つ」のではなく「共に過ごす」と捉えていた。遠征の報告を聞き、悔しさを共有し、次の大会の話をする。その積み重ねが、企業と選手の距離を変えていった。

世界一の日、社内に起きたこと

2023年、17歳。小田凱人は全仏オープンをグランドスラム史上最年少で制し、男子車いすテニス史上最年少の世界ランキング1位に立った。

「決勝の日、朝から社内がそわそわしていました。普段テニスの話なんてしない部署の人間が、廊下で『どうなった?』と聞いてくる。勝った瞬間、あちこちで声が上がって。あんな光景は初めてでした」

変化は社外からも訪れた。取引先との会話で、「東海理化さんって、小田凱人選手のところですよね」と言われるようになったのだ。

「あの一言が、本当に嬉しいんです。うちは自動車部品のメーカーですから、一般の方に社名を知っていただく機会は多くない。それが、彼のおかげで会話が生まれる。社員が自分の会社の話をしやすくなった」

数字では測れない変化だった。採用面接で志望動機に彼の名前が挙がる。工場のラインで試合結果が話題になる。企業が選手を支えていたはずが、いつの間にか、選手が企業の中に居場所をつくっていた。

※写真は掲載イメージです。

これからも、隣にいる

パリ・パラリンピックでの金メダル、そして年間グランドスラムへの挑戦。彼の物語はまだ続いていく。支える側の目標を訊くと、答えは意外なほど静かだった。

「彼が世界一になったから支援を続けているわけではありません。仮に負けが続く時期が来ても、私たちのスタンスは変わらない。最初に信じた理由が、勝敗ではなかったからです」

最後に、選手本人へ伝えたいことを尋ねた。しばらく考えてから、担当者はこう言った。

「ありがとう、ですね。夢を見せてもらったのは、こちらのほうでした」
株式会社東海理化

Profile

株式会社東海理化

【ダミー】愛知県に本社を置く自動車部品メーカー。小田凱人選手の所属先として、競技活動を支援。※本文・企業情報はすべて仮のものです。掲載前に取材・確認のうえ確定します。

応援してくれる、すべての人へ。

← サポートページへ戻る